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【画像】岡田茉莉子の若い頃も美人!夫・吉田喜重との馴れ初めや現在についても

今回は、岡田茉利子さんについて書いていきたいと思います。

1950年代から60年代を中心に活躍した、戦後の日本映画を代表する女優であり、夫で、映画監督の吉田喜重さんとともに、映画プロデューサーとしても活躍しました。

ハーフと見紛う若い頃の美しい姿や、夫・吉田喜重さんとの出会い、現在の生活について調べてみました。

【画像】岡田茉莉子の若い頃も美人!

岡田茉利子さんと夫・吉田喜重との馴れ初めや現在は?

岡田茉利子さんのプロフィール

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【画像】岡田茉莉子さんの若い頃も美人!

岡田茉利子さんはお年を重ねてもおきれいです。

そんな岡田茉利子さんの若い頃の写真を集めてみました。

ハーフのようにお美しいです。

オードリー・ヘプバーンのようですね!

この年代の女優さんの若い頃の画像が複数ツイッターにあるのも、結構珍しいです。

岡田茉利子さんはその美しさから、ハーフでは?なんて言われていましたが、岡田茉利子さんの父は無声映画時代のスター岡田時彦さん、母は宝塚出身の田鶴園子さん。ご両親はお二人とも純日本人。

父の岡田時彦さんは、岡田茉利子さんが産まれた翌年に、持病の結核が悪化し、それが原因で30歳という若さで亡くなられました。

当時の代表的二枚目俳優だったんだとか。

岡田茉利子さんが美しいのも納得です。

岡田茉利子さんが学生時代に友人と映画を見て、その話を母にすると、母は泣き出しました。そのわけをきくと、見た映画の主演が亡くなった父であり、岡田茉利子さんはもう一度その映画を、今度は父を見るために見に行ったというエピソードがあります。




夫・吉田喜重さんとの馴れ初めや現在についても

岡田茉利子さんは、1964年に映画監督の吉田喜重(よしだよししげ/きじゅう)さんと結婚。お二人とも1933年生まれの同い年です。

お二人の出会いは、1962年に岡田茉利子さん映画出演100本記念作品として出演した主演映画「秋津温泉」の監督が、当時松竹にいた吉田喜重さんという、女優と監督としての出会いでした。

「秋津温泉」という藤原審爾さんの小説を題材に映画化を企画・提案したのは岡田茉利子さんでした。岡田茉利子さんは、以前一度スケジュールが合わず吉田喜重さんの映画に出られなかった過去があり、今回の映画化にあたり吉田喜重さんに監督をオファーしますが一度は断られてしまいます。

脚本は吉田喜重さん、カメラマンも指定、という条件を岡田茉利子さん側が引き受けて、吉田喜重さんが監督になったというエピソードがあります。

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岡田茉利子さんは、この映画の成功で、これで女優を辞めようと思っていたそうですが、吉田喜重さんに引き留められました。

その翌年1963年に婚約、1964年に結婚。

「吉田と結婚したから、女優を一生続けようと思いました(朝日新聞・(語る 人生の贈りもの)より)」と、語っています。

お二人は旧西ドイツで海外挙式をし、そのまま新婚旅行で、結婚式~新婚旅行で約40日間ヨーロッパを放浪したといいます。

1966年、松竹を辞めた吉田喜重さんと現代映画社を創立。公私ともにパートナーとなります。

その後、岡田茉利子さんは、女優業の他に、プロデューサーとしての手腕も発揮し、吉田喜重さんを支えます。

お二人の間にお子さんはいません。

 

現在、お二人ともご高齢になり、どのような日々を過ごされているのでしょうか。


引用元:https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

徹子の部屋では、お二人でエアロビクスをされているなんていう、意外なお話もありました。コロナ禍でジム通いができなくなり、おうちで体を動かしているようです。

近年ではお仕事の数はあまり多くなく、ゆったりと過ごされているのではないでしょうか。

なんとお二人は、結婚してから一度も夫婦喧嘩をしたことがないそうです。仲睦まじいご夫婦ですね。




岡田茉利子さんのプロフィール

岡田茉利子さんのプロフィールについても。

本名:吉田鞠子(よしだまりこ)、旧姓:田中

生年月日:1933年1月11日(88歳)

出身地:東京都渋谷区

血液型:A型

学歴:新潟市立沼垂高等学校(現新潟市立万代高等学校)卒業

身長:158cm

岡田茉利子さんは、戦後を代表する大女優です。

映画・ドラマ合わせて200本以上に出演しています。

幼少期は転居が多く、京都、東京、大阪、上海、静岡(疎開先)、新潟と、各地を転々としています。

新潟に住んでいた高校生の頃に演劇部に入部。

1951年、高校卒業後は叔母夫婦宅を頼り上京。叔父の勧めで東宝ニューフェイス(オーディション)第3期として、東宝演技研究所に入所。

入所して間もなく映画「舞姫」の準主役に抜擢。その後、東宝映画のスターになります。

1957年には松竹に移籍。移籍後も人気は続き、いくつかの作品では企画やプロデュースも。

1965年フリーに。

1966年、夫の吉田喜重さんと現代映画社を設立。

芸名を付けたのは作家の谷崎潤一郎さん。親子二代で谷崎潤一郎さんが名付け親になっています。



【画像】岡田茉莉子の若い頃も美人!まとめ

今回は、岡田茉利子さんについて書いていきました。

戦後・昭和を代表する大女優、若い頃のお姿がとてもお美しいですね。父は二枚目俳優、母は宝塚女優と、美しいのも納得です。

また、夫の吉田喜重さんとの馴れ初めなどについても調べていきました。

お二人は数々の作品に出演・監督されているので、一度、昔の映画を見てみるのも面白い発見があるかもしれません。

 

それでは、最後までご覧いただき、ありがとうございました。